2017年度の大会は札幌です。
会期は6月24日(土)〜25日(日)。
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2011年06月18日

『セトケンニューズレター』目次


日本セトロジー研究会では、会報『セトケンニューズレター』を年数回発行しています。

(注)
  • 原文の標題に「」が使われている場合、重複しないように分かち書きにした。
  • 原文の標題に使われている丸囲み数字は()囲みで表記した。
  • 原文で著者名が抜けていたり、イニシャルで表記されていたりした場合でも、著者が分っており、フルネームで記しても支障がない場合は、必要に応じてフルネームで記した。
  • 原文の標題における誤字は訂正した。

発行年月日主な内容
262010年11月25日 柴田理「大きい鯨が流れ着いているんですが...」、 進藤順治「セト研第21回(十和田)大会報告」、 石丸一男「海岸でお宝探し クジラからゴミまで」、 長澤一雄「千葉県から発見された世界最古のザトウクジラの化石」、 宇仁義和「網走でクジラ観察船就航」
252010年4月1日 栗田壽男「シャチに襲われたマッコウクジラの行動」、 宇仁義和「コククジラは大隅海峡を通るのか?」、 岡崎美彦「日本セトロジー研究会第20回(北九州)大会報告」、 進藤順治「日本セトロジー研究会第21回(十和田)大会のお知らせ」
242010年4月1日 高橋 勲「能登島に定住するミナミバンドウイルカ」、 平口哲夫「セト研第19回(金沢)大会報告」、鈴木夕紀「日本哺乳類学会2009年度(台北)大会報告」、田島木綿子「南アフリカ ケープタウンを訪ねて」、真柄真実「カナダ・ケベック旅行記」、角田恒雄「第59回国際捕鯨委員会参加報告」、 谷田部明子「アラスカ,イヌピアット捕鯨見聞記」
232008年6月15日 山田 格「跳ぶ,メソプロドン」、佐野 修「セト研 活動開始までの裏話―創設者山田致知先生の思い出―」、栗田壽男「コブハクジラ骨格掘上奮戦記」、 本間義治・石見喜一「どなたか渡島して鯨骨などを調べてみませんか」、 南部久男「富山市科学博物館の クジラの展示 と 国立科学博物館の コラボ行事」
222008年1月30日 山田 格「MXテレビ・ガリレオチャンネル ストランディング〜クジラの座礁に向き合う人々〜」、 石川 創「苫小牧コククジラ顛末記」、栗田壽男「第18回日本海セトロジー研究会宮崎大会報告」、 平口哲夫「セト研第19回(金沢)大会のお知らせ」、松石 隆「会誌 日本セトロジー研究 のご案内と既刊の目次」、清水麻記「クジラとぼくらの物語 展」
212007年6月20日 山田 格「日本セトロジー研究会の発足に当たって」、 平口哲夫「セト研の歩み」、松石 隆「動き出したストランディングネットワーク北海道」、 宇仁義和「オホーツク海の鯨とストランディング」、一島啓人「福井県立恐竜博物館特別展 クジラが陸を歩いていた頃―恐竜絶滅後の王者―」、 水島未記「北海道開拓記念館特別展 鯨」
202004年9月30日 箕輪一博「日本海の鯨no.11 徹底剖検されたハンドウイルカ」、山田 格「マスストランディングの現場から」、 「ストランディング・コーディネーター講習に参加して」、 国本昭二「日本海セトロジー研究グループ発足当時の思い出―15年前の日本海のクジラ―」、 近藤洋一「野尻湖ナウマンゾウ博物館『ナウマンゾウの狩人を求めて』」
192002年3月20日 渡部 満「日本海の鯨no.10 妊娠していた2頭のクジラ」、 本間義治「佐渡外海岸で発見されたハンドウイルカの中軸骨格 第12回セト研見学ツアーのバイプロダクト」、 新井上巳「海棲哺乳類学会大会に参加して」、平口哲夫「第14回海棲哺乳類学会大会 セト研ポスター発表の経緯」、水島未記「シャチの頭骨とアイヌ民族の文化」、「委員会だより」、 青柳 彰「寺泊町立水族博物館『日本海に浮かぶ魚のお城』」
182000年12月23日 国本昭二「日本海の鯨(9) オウギハクジラ 能登半島福浦港に」、本間義治「“漂着クジラ?"と報道された動物の正体はウバザメか」、 荻野みちる・友希「クジラを追って(下) クジラとの共存を願って」
172000年8月25日 大隅清治「日本海セトロジー研究会顧問就任に際して 研究会の更なる発展を期待する」、 蛭田 密「海生哺乳類に関する館外活動 対馬海峡見て歩き」、 田島木綿子「輪島市大沢のオウギハクジラ メソプロドンウイーク」、平口・幹事一同「セト研と 日本海の鯨たち」、国本昭二「日本海の鯨(8) 松任市松本海岸にマイルカ漂着」、伊藤栄悦「佐渡沖でツチクジラの群れを目撃」、 荻野みちる・友希「クジラを追って(中)」
162000年4月7日 下 吉晴「日本海の鯨(7) 能登半島、珠洲市に漂着 ハナゴンドウ」、荻野みちる・友希「クジラを追って(上) ライブストランディングの対応について」、 桐原陽子「いしかわ動物園へようこそ」、岡崎美彦「馬変じて鯨」、国本昭二「大槻清準の鯨史稿」
151999年10月5日 樋田敏郎「日本海の鯨(6) 1992年1月10日能登島F目地区に漂着」、山田 格「韓国のオウギハクジラ事情」、 西脇茂利「何処か違う日本海のカマイルカ」、加野泰男「三代の歴史を有する魚津水族館」、 国本昭二「鯨のいる風景 金沢市卸売市場太物解体場 オウギハクジラ解剖劇」
141999年6月14日 国本昭二「日本海の鯨(5) 1990年2月25日 能登・宇出津の海岸に漂着したメソプロドンの頭骨」、 鶴田教明「クジラとの遭遇(下) イシイルカと遊ぶ」、漁野真弘「城崎マリンワールド 海の生き物達と交歓できる水族館」、 佐々木 章「かごしま水族館 擬人化、曲芸を避けて 鯨類と水族館」、田万貴子「イルカ・クジラの不思議探検 メソプロドンって何?」
131999年2月1日 国本昭二「日本海の鯨(4) 新潟・西山町石地海岸に漂着 メソプロドン属オウギハクジラ」、鶴田教明「クジラとの遭遇(上) 佐渡沖を泳ぐツチクジラの群れ」、 徳武浩司「海のカナリア シロイルカの飼育」、大池辰也「南知多ビーチランド 人と動物がコミュニケーションできる水族館」、 松田万貴子「イルカ・クジラの不思議探検 イルカの独り言」
121998年9月7日 国本昭二「日本海の鯨(3) オウギハクジラ 金沢市の金石海岸に漂着」、下市昇一「シャチとイルカはお友達?―鯨類の相性について―」、 安藤重敏「鳥取県立博物館常設展示室」、福田友之「くじら餅」、佐野 修「委員会だより 事務局」
111998年4月1日 国本昭二「日本海の鯨(2) 能登島沖を泳ぐ鯨の群れ」、国本昭二「鯨のいる風景 くじら の語源」、西脇茂利「ツチクジラの 日本海における分析と回遊」、中村幸弘「飼育係の一日体験もある上越市立水族博物館」、 坂井恵一「海と人と生きものの講習会―クジラとイルカからのアプローチ―を開催して」、宮崎欣彌「みやざき流 鯨ステーキ」
101997年10月15日 国本昭二「日本海の鯨(1) 金沢市下安原海岸に漂着したミンククジラ」、 山田 格「オウギハクジラ?イチョウハクジラ?それともメソプロドン?―種名の混乱について―」、 安藤重敏「コマッコウクジラ騒動」、立川利幸「天保山ハーバービレッジ 海遊館」、平口哲夫「日本海セトロジー研究グループ代表就任にあたって」、 佐野 修「庶務委員会」、川井克司「編集委員会」、国本昭二「能登島沖で見たクジラ漁 生きたくじらとの遭遇」
91997年5月6日 山田繁子「山田致知の鯨(5) 南氷洋のシロナガスクジラ パックアイスの中を泳ぐ」、佐野 修「ナガスクジラ門前海岸に漂着 骨格収集奮闘記」、 石川 創「鯨類捕獲調査とはなにか(下)」、箕輪一博「柏崎市立博物館 米山をとりまく自然と文化」、福田友之「酒田港沖で出会ったイルカの大群」、 「鯨のいる風景 門前のナガスクジラ」、佐野 修「庶務委員会」
81996年12月1日 山田繁子「山田致知の鯨(4) ペンギンの『イメージを変えた南極の旅 ナガス鯨とペンギン」、児玉公道「ヒトは万物の霊長か」、 下市昇一「太地町立くじらの博物館」、佐野 修「庶務委員会だより」、石川 創「鯨類捕獲調査とはなにか(上)」、 「日本海セトロジー研究グループ インターネットにホームページ開く」
71996年6月25日 山田繁子「山田致知の鯨(3) 小笠原諸島を旅して ザトウクジラの家族に出会う」、山田 格「メソプロドンラッシュ そして悲しいお話」、 長澤一雄「海生哺乳類の研究・展示の充実をめざす」、坂井恵一「オーストラリアのパース海岸でイルカと泳ぐ」、 国本昭二「鯨のいる風景・バハカリフォルニア アメリカンミュウジアムの母船ポラリスでコククジラを追う」
61995年12月10日 児玉公道「日本海セトロジー研究グループ代表就任にあたって」、山田繁子「山田致知の鯨(2) カナダのシャチ」、 加藤秀弘「コククジラは日本海のどこを通るか」、米田 満「日本海セトロジー研究グループはこうして生まれた(終) ロマンは新しい旗のもとに」、 天野雅男「日本海のイシイルカ イシイルカは比較的最近に日本海で分化し、その後急速に北太平洋全域に進出していったのではないだろうか」、 国本昭二「鯨のいる風景 鯨のたたき」、本間義治「明治初期の博物学者 松森胤保が試みた鯨類鯨類の分類」、 山田 格「書評 加藤秀弘著 マッコウクジラの自然誌」、蛭田 密「水族館めぐり 海の中道海洋生態科学館(マリンワールド海の中道)」、 山田 格「漂着委員会」、平口哲夫「文献委員会」、佐野 修「庶務委員会」
51995年6月20日 山田 格「東京上野公園国立博物館本館目にシロナガスクジラ実物大模型誕生」、「日本に痛手のIWC総会終る」、 米田 満「日本海セトロジー研究グループはこうして生まれた(下) 三日間のシンポジュウムに国際色も」、箕輪一博「柏崎に残る鯨の墓」、 山田 格「漂着専門委員会 メソプロドンの漂着ラッシュ」、杉本和彦「のとじま臨海公園水族館」、 国本昭二「鯨のいる風景 クジラの ラ は 魔羅 の ラ か」、 加藤三千雄「鯨を骨まで愛する人たち 宇出津祭と鯨」、佐野 修「庶務委員会」、 箕輪一博「各地の鯨料理(4) 新潟県柏崎市地区 夏ばて防止の塩皮鯨」、 山田繁子「山田致知の鯨(1) バハカルフォルニアのコククジラ」
41995年3月1日 「日本海セトロジー研究グループ代表 山田致知先生逝く」、神谷敏郎「山田致知先生をしのぶ ムネサトイルカとメソプロドン」、 山田 格「父を語る」、米田 満「日本海セトロジー研究グループはこうして生まれた(中) 夢 は時間との競争だった」、 佐野 修「イルカウオッチング ヘリコプターによる鯨類分布調査の試み」、 「鯨コラム」、鈴木倫明「水族館めぐり(2) 新潟市水族館マリンピア日本海」、 国本昭二「山田致知先生のいる風景 葬儀をしない葬儀」、坂井恵一「海洋生物の種の存続脅かすもの 人間が作り出した自然界の異物」、 山田 格「漂着専門委員会」、山田繁子「最後の親子三人の旅」
31994年12月10日 本間義治「大型動物漂着物語」、「鯨コラム 偏見のない鯨の常識を」、 米田 満「日本海セトロジー研究グループはこうして生まれた(上) セト研 事初め」、国本昭二「解説 違法鯨出回る に水産庁反論」、 平口哲夫「岩に刻まれた鯨―韓国盤亀台遺跡の岩刻画―」、平口哲夫「シンボルマークの愛称 “セトピー"命名者」、 鈴木隆史「水族館めぐり(1) 越前松島水族館」、国本昭二「鯨のいる風景 関野鼻メソプロドン」、 佐野 修「これからの水族館のあり方 イルカやクジラを飼育していくことの意義」、佐野 修「平成六年度総会」、 太田順子「各地の料理(3) 京都のはりはり鍋 牛ヒレとマグロの中トロをあわせたような豊潤な味」、砂川公子「くじらの来歴」
21994年8月1日 児玉公道「私の鯨観 陸地では“落ちこぼれ"でも水中では成功をおさめた哺乳類=鯨」、 佐野 修「クジラと人間の共存への願い 映画 フリー・ウィリー を観て」、 「日本海セトロジー研究グループ代表 山田致知先生に聞く 海に戻った進化に興味」(聞き手 国本昭二・向井英明)、台蔵正一「鯨と私」、 蛭田 密「九州の魚屋はおもしろい 鯨食」、国本昭二「鯨のいる風景 メソプロドンを食う」、山田 格「漂着専門委員会」、平口哲夫「文献委員会」、 佐野 修「庶務委員会」、国本昭二「解説 クジラは食べてよいのか 鯨文化継承の道を探る」、 太田順子「各地のクジラ料理(2) 石川県加賀市柴山地区 つばき葉ずし」
11993年12月1日 山田致知「クジラを作る話」、平口哲夫「セトケンニューズレターに期待する」、山田 格「漂着クジラ物語」、 国本昭二「クジラのいる風景 クジラをなでる」、「日本海セトロジー(鯨学)研究グループとは」、 太田順子「各地のクジラ料理・石川県 皮クジラの味噌汁、酢味味噌和え」、佐野 修「第四回研究会・総会報告」
posted by 管理者 at 21:53| ニュースレター | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする